
日本最古の歴史書であり、神話・伝説・歴史がまとめられた書物『古事記』を、現役の高校教師が分かりやすく紐解くシリーズ記事。いよいよ今回が最終回となります。
前回のお話では、心の優しい神様「オオクニヌシ」が白ウサギを助け、出雲の国をおさめました。
そこに高天原からアマテラスの使いがやってきて国を譲るように言います。その時オオクニヌシがとった行動とは?また、古事記のクライマックスとも言える「天孫降臨」とはどのような出来事だったのか?
そこには古事記の作者が伝えようとしたメッセージが詰まっていました。どうぞ最終回もごゆっくりお楽しみください。
過去の連載記事は下記からご覧ください。
1️⃣日本最古の歴史書「古事記」。どんな話?いつ作られた?
2️⃣日本の神話「イザナギ・イザナミ」を分かりやすく紹介!日本の国と神様はいつ生まれた?
3️⃣日本の神様「アマテラス」「スサノオ」とは?ヤマタノオロチ退治の伝説も紹介
4️⃣日本の神話「因幡の白兎」伝説とは?ゆかりのある場所も紹介
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オオクニヌシの国譲り
1. 高天原からの使い

オオクニヌシはスセリヒメと結婚し、出雲で国作りを進めていきました。農地を広く開拓し、高度な農業技術を伝え、安定した食物を生産することに成功しました。また、病気の治療法も普及させました。オオクニヌシは土地に住む者が安心して暮らせる国を作ることを第一に考えていました。
そんなある日のこと。アマテラスが高天原から動き出します。
かつて高天原を追放したスサノオは、アマテラスにとってはトラブルメーカーで、災いをもたらす存在でした。そんなスサノオの子孫が葦原中国をおさめているのはおかしいのではないか、アマテラスこそが地上をおさめるのにふさわしいはずであると考えたのです。
アマテラスはオオクニヌシのもとへ使者を送りこみ、出雲の国を譲るように命じました。
しかし、3年経っても何も変化がありません。そこで、アマテラスは再び、別の使者を送り込みました。しかし、2柱目の使者からも何の連絡もないまま8年が経過してしましました。
実はこの2人の使者は、オオクニヌシにうまく説得されて国譲りをあきらめ、さらには出雲の国の女性と結婚して暮らしていたのでした。
アマテラスは最後の手段として、タケミカズチを送り込みました。
タケミカズチは、武勇に優れた刀の神で、戦いにおいては右に出る者はいませんでした。
タケミカズチは出雲の国に降り立つと、オオクニヌシに告げました。
「太陽神のアマテラスは、地上の国をアマテラスの子孫がおさめるべきだと言われています。この国を私たちに譲り、あなたは先祖のスサノオの後を継いで、黄泉の国をおさめていただきたい」
オオクニヌシは、2柱の息子達に相談しました。
すると、一方の息子は国を譲ることに賛成しましたが、もう一方の息子は反対しました。
そして、タケミカズチとその息子が、力比べで勝負することになりました。
結果は、タケミカズチがあっさりと勝利し、オオクニヌシは仕方なく、出雲の国を譲ることを認めました。
2. 出雲に大きな社を建ててほしい

「国は譲ります。ただ、最後にひとつだけ、私のお願いを聞いて頂けませんでしょうか」
オオクニヌシは、心残りに思っていることがありました。それは、かつてスサノオからもらった言葉でした。
―出雲の国をおさめて、根の国に続くほどの太い柱と、天に届くほどの高い屋根を使った、大きな社を建てろよ。
「出雲に、大きな社を建てて、私たちがこの国をおさめていた証を残していただけませんでしょうか」
「いいだろう。約束しよう」タケミカズチは答えました。
このようにして、出雲に建てられた大きな社こそが、出雲大社として、現代にも残されているのです。
3. 国譲りの物語の読み取りポイント

古代の日本では、大和政権(やまとせいけん)と呼ばれる中央政権が、地方の豪族を従わせ、国をひとつにまとめようとしていました。古事記の国譲りの物語からは、かつて出雲に大きな力を持った豪族を中心に、大和政権と敵対する大きな勢力(=出雲政権)があったのではないかという研究もされています。アマテラスが、2度の使者を送りながらも、3年あるいは、8年経っても国を簡単には譲り受けられなかったほどに、出雲の勢力を支配下に置くことが困難な事業であったことが読み取れるのです。
オオクニヌシが国譲りと引き換えに建ててもらった出雲大社ですが、その当時、屋根の高さは96mにも及ぶ超高層建築だったと伝えられています。出雲大社のしめ縄にはある特徴があります。それは日本の一般的な神社と比べると、縄の巻き方が逆向きになっていることです。
4. 出雲大社のしめ縄の巻き方に込められた意味

数多くある神社の中で、唯一出雲大社のしめ縄だけが逆向きになっているのはなぜでしょうか。これは苦渋の決断で、国を譲ることになったオオクニヌシの無念の思いと、ささやかな抵抗を表現しているとも言われています。また、アマテラスにとっては、出雲の勢力は強大であったと同時に、文化の異なる領域であったことを伝えようとしているのではないかとも考えられています。
さて、ここまでオオクニヌシが出雲の国を作り、国を豊かに繁栄させた後に、これをアマテラスに譲ることになる「国譲り」をお伝えしました。次回は、アマテラスの子孫が、実際に出雲の国を譲り受け、さらにはその子孫の中から、天皇が誕生していくお話になります。
5. 縁のある土地
出雲大社(いずもたいしゃ)

オオクニヌシがアマテラスに国を譲る条件として建てられた。オオクニヌシとスセリヒメの夫婦のエピソードから縁結びの神社としても信仰される。しめ縄の大きさは日本一とも。
アマテラスの子孫が舞い降りる、天孫降臨とは
1. ニニギが地上に降り立つ

タケミカズチを出雲に送り込み、無事に国譲りを成功させたアマテラスは、孫のニニギに葦原中国を治めさせることにしました。
「雲のはるか下の海の中に、弓なりに連なった島が見えるでしょう。あなたはあの国へ行き、豊かな地上の国を作りなさい」
アマテラスは、地上を治めるにあたって、ニニギに三つの宝物を渡しました。
これが八坂の勾玉(やさかのまがだま)、草薙の剣(くさなぎのつるぎ)、八咫鏡(やたのかがみ)で、「三種の神器」と呼ばれています。
ニニギは知恵の神オモイカネ、力の神タヂカラオをお供につけて、地上へ向かいました。
このようにして、アマテラスの孫のニニギが、地上を治めるために降り立った出来事が「天孫降臨」で、古事記においてのクライマックスとも呼ばれています。
2. 神から人間へ 永遠の命を失う

ニニギははじめ、アマテラス生誕の地である、宮崎県の高千穂(現在の宮崎県)に降り立ちました。
高千穂の地で、ニニギは運命の出会いをします。それがサクヤヒメとの出会いです。
ニニギはサクヤヒメに一目惚れをしました。
「どうか、私の皇后になってくれないか」とプロポーズをすると、サクヤヒメは父に相談して返事をすると言いました。この話にサクヤヒメの父はたいそう喜びました。
サクヤヒメの父は、結婚を認めたうえで、さらにサクヤヒメの姉のイワナガヒメも一緒にお嫁にもらってくださいと言いました。
この申し出に対し、ニニギは悩みました。
実はイワナガヒメは、岩のように丈夫そうな体をしてはいましたが、顔立ちが美しくなかったからです。しばらく考えた末に、イワナガヒメとの結婚を断ることにしました。
サクヤヒメの父はとてもがっかりし、さらにニニギに向かってある警告をしました。
「サクヤヒメは、花が咲くように大きく繁栄することを意味しています。また、イワナガヒメは、その繁栄が岩のように丈夫でいつまでも続くことを意味しています。2人が一緒でなければ、これから生まれてくるあなたの子どもたちの寿命は、花のように短くなってしまうでしょう」と言い残しました。
これまで神生みから誕生してきた多くの神々の寿命は、非常に長く続いていました。
しかし、ニニギがイワナガヒメを嫁にもらわなかったことにより、神にも寿命が生まれ、繁栄はしても、いつかは死んでしまう存在となったのです。つまり、神から人間への切り替わりのきっかけとなったのです。そして、このニニギの3代目の子孫こそが、初代天皇神武天皇となり日本を治めていくのです。
神武天皇が天皇に即位したのが2月11日で、現在では「建国記念の日」として祝日の1つに数えられています。神武天皇は宮崎県から東へ向かい(神武東征)、奈良県の大和に都を作り、日本をおさめることに成功しました。
3. 天孫降臨のストーリーの注目ポイント

天孫降臨は、古事記のハイライトの1つとも言われています。天孫降臨の物語で特に強調していることは、アマテラスの天岩戸隠れとの関連性です。
本来であればアマテラス自身が地上に降り立ち、国をおさめることが理想ですが、高天原があるためそれはできません。そこで、アマテラスの天の岩戸隠れの物語に登場した、オモイカネ、タジカラオといった神々や、八咫鏡などの三種の神器を話の中に盛り込むことで、まるでアマテラス自身が降臨している姿を表現しているのです。また、ニニギが天孫降臨した宮崎県の高千穂は、イザナギの禊ぎによって、アマテラスが生まれた場所です。ニニギはアマテラスの故郷に降り立ち、そこをスタート地点として徐々に領域を広げていくという展開になっています。
また、天孫降臨は、イワナガヒメとの嫁入りを断ったことによって、神々は不老不死の能力を失い、これが神から人間への切り替わりを示唆しています。すなわち天皇の誕生です。初代天皇の神武天皇こそが、アマテラスの血脈を受け継いだ人物であり、国をおさめる正当性をもっているのだということを強烈に印象づけて、上巻から中巻へ引き継がれます。下巻にかけて、天皇の血脈が代々受け継がれていく様子を描き、33代推古天皇のところで古事記は終了しています。
4. 縁のある土地
高千穂峰(たかちほのみね)

アマテラスの命を受けたニニギが天孫降臨した際に、鉾を山頂に突き刺した場所とも言われる。
まとめ:「古事記」が伝える日本人の宗教観・国民性

1. 神様が日本人の生活に結びついている
ここまで5回の連載で、古事記の読み方をお伝えさせていただきました。
古事記では、たくさんの神々が登場します。それぞれに個性があり、役割があり、非常に人間的な要素を持っているため、私たち日本人は神様に共感しながら古事記に接しています。
また、日本各地で見られる神社では、さまざまな神様がまつられています。縁結びの神、学業の神、交通安全の神、など私たちのそれぞれの悩みに寄り添うかのように、全国に点在している神社は、心の拠りどころにもなっているのです。
2. 多様な文化に寛容な国民性
一神教を信じる方からは、日本のような神様がたくさんいる生活がイメージできないという声を聞くこともあります。日本人は、キリスト教のクリスマスをお祝いし、正月は神道の神社へ行ってお参りをし、お葬式は仏教のお寺で行われる。なんと不思議な民族だろうと考える人もいるようです。
しかし、古事記を読み解くことで、日本人は古来より、多くの神々に囲まれていることが当たり前で、新しい文化や風習を柔軟に取り入れていくことに非常に寛容であった国民性がうかがえたのではないでしょうか。仏教が伝来した際にも、キリスト教が伝わった際にも、たくさんの神々のうちのひとつとして捉えていった歴史もあるようです。
3. 古事記の世界観と日本
また、古事記の中では、神々が数々の奇跡を起こしていきます。このような不思議な力を持った神様の存在を感じながら、日本人は目には見えない奇跡を祈って手を合わせたり、神社に足を運んで自分の気持ちを見つめ直したりといった時間を大切にしながら生活をしています。古事記を読み直し、学ぶことで、古来の日本人の宗教観、人生観、また日本という国がどのように成り立ち、どのようにあるべきなのかについて考えるきっかけのひとつになると考えています。日本を訪れた際には、神社に足を運んでいただいて、古事記の壮大な世界観を感じて欲しいと思います。
<過去の連載記事>
1️⃣日本最古の歴史書「古事記」。どんな話?いつ作られた?
2️⃣日本の神話「イザナギ・イザナミ」を分かりやすく紹介!日本の国と神様はいつ生まれた?
3️⃣日本の神様「アマテラス」「スサノオ」とは?ヤマタノオロチ退治の伝説も紹介
4️⃣日本の神話「因幡の白兎」伝説とは?ゆかりのある場所も紹介
<参考文献>
- 日本の神話①天岩戸 西野綾子 ひくまの出版
- 日本の神話②ヤマタノオロチ 西野綾子 ひくまの出版
- 日本の神話③イナバの白ウサギ 西野綾子 ひくまの出版
- 日本の神話④地のそこの国 西野綾子 ひくまの出版
- 日本の神話⑦コノハナサクヤヒメ 西野綾子 ひくまの出版
- 日本の神話⑩ヤマトタケル 西野綾子 ひくまの出版
- 図解いちばんやさしい古事記の本 沢辺有司 彩図社
- 面白いほどよくわかる古事記 かみゆ歴史編集部 西東社
- 日本の神話 与田凖一 講談社青い鳥文庫
- 日本の神話 松谷みよ子 のら書店
- 日本の神様 絵図鑑 2 みぢかにいる神様 ミネルヴァ書房
- 日本の神様 絵図鑑 3 暮らしを守る神様 ミネルヴァ書房
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