

日本最古の歴史書であり、神話・伝説・歴史がまとめられた書物『古事記』を、現役の高校教師が分かりやすく紐解くシリーズ記事。第三回の記事ではイザナギが生んだ三貴子のうち、太陽神アマテラスの天岩戸隠れと、スサノオのヤマタノオロチ退治のお話をお届けしました。
今回はスサノオの子孫であるオオクニヌシが主人公です。オオクニヌシが因幡の白兎を助け、その後出雲の国をおさめていくお話です。どうぞお楽しみ下さい。
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オオクニヌシと因幡の白兎
1. 心の優しいオオクニヌシ

スサノオの6代目の子孫に、オオクニヌシという心の優しい神がいました。
オオクニヌシには腹違いの八十柱の兄(=八十神/やそがみ)がおり、彼らはオオクニヌシの性格がおとなしいのをいいことに、馬鹿にしたり意地悪したりを繰り返していました。
ちょうどこの頃、出雲の隣の因幡の国(現在の鳥取県)に、たいへん美しいと評判のヤガミヒメという女性の神様がいて、八十神はみなヤガミヒメをお嫁さんに欲しいと、全員でいっせいにプロポーズをしに行くことになりました。そして、オオクニヌシは八十神たちの荷物持ちとして一緒について行くことになりました。
道中、オオクニヌシは体の皮がはがれて泣いている1匹のウサギに出会いました。
「ウサギさん、大丈夫ですか。なぜそのような怪我をしているのですか?」
「はい…私は海の向こうの隠岐の島に住んでいたのですが、以前から因幡の国の気多(けた)の海岸に行ってみたいと思っていました。でも私は海を泳ぐことはできないので…」
と、ウサギは話し出しました。話は次のようなものでした。
ウサギは海を渡るために、近くを泳いでいるサメを利用してやろうと考え、サメに話しかけました。
「ねえねえ、サメさん。僕たちウサギの家族と、君たちサメの家族と、どちらの数が多いか勝負しよう。僕がサメの数を数えるから、向こうの因幡の国まで一列に並んでおくれ。僕が君たちの背中の上を飛びながら数えてあげるよ」
こうしてウサギは、サメの背中をぴょんぴょんと飛び跳ねながら、海を渡っていきました。
しかし、あと少しで因幡の国まで渡れるというときに、ウサギは油断して口を滑らせてしまいました。
「まぬけなサメさん、僕は数なんてどうでもいいんだ。僕は因幡の国に渡りたかっただけなのさ」
これを聞いた、サメたちがたちまち怒り、ウサギに噛みつきました。こうしてウサギは皮をはがされてしまったのでした。
2. ウサギを助けて予言をもらう

ウサギの話を聞くと、オオクニヌシは尋ねました。
「それで、その後どうしたのですか?」
「はい、こうして泣いているところに八十柱の神様が通りがかりまして、『海水をたっぷりあびて、山の上で風に吹かれたら治るよ』と言うので、その通りにしたら、体中が針に刺されたように痛いのです」
「それはかわいそうに。傷口を海水につけたらダメですよ。まずは真水でしっかりと洗い流して。それからガマのお花の黄色い粉をたっぷり塗って、お花の上に寝転んでいてください。すぐに良くなりますよ」
ウサギは言われたとおりにすると、不思議なことにみるみる傷口が戻り、元気な体に戻っていきました。
毛も元通りに生え替わり、綺麗な白ウサギの姿になりました。
「あなたはなんと素晴らしい神様でしょう。あなたこそが、この国を治めるのにふさわしいお方です。これから会いに行くヤガミヒメも、あなたを夫としてお選びになるでしょう。私が保証いたします」
そのような言葉をオオクニヌシに残して、去っていったのでした。
そして、白兎の予言は見事に的中しました。ヤガミヒメは荷物持ちのオオクニヌシを夫に選び、オオクニヌシとヤガミヒメは結婚することになりました。
因幡の白兎の物語の注目ポイント

この物語は、オオクニヌシの医療技術の高さを象徴していると考えられています。八十神はウサギに意地悪をしたと見ることもできますが、当時の日本では地域ごとに独自の医療が施されており、八十神では直せなかった怪我や病気も、オオクニヌシなら治せるという崇拝につながっているのではないかというものです。古代の日本において、医療は魔術的な力とされていたため、高度な文明が発達していることを示しているのです。
また、日本では「まれびと信仰」というものがあります。
「まれびと」とは、ある日、突然目の前に訪れる神様のことで、この神様に丁寧なおもてなしをすることで、大きな御利益が得られると考えられてきました。この物語では、オオクニヌシにとっての白兎は、まさに「まれびと」で大きな御利益がありました。
日本では「一期一会」という言葉もあります。人との出会いを大切にし、目の前にいる人と過ごせるのはこれが最後だと思って丁寧に接しなさいという教えです。これも「まれびと信仰」の考えと通じるところがあるのかもしれません。
「因幡の白兎」伝説と縁のある土地
白兎海岸(はくとかいがん)

オオクニヌシが因幡の白兎に出会ったとされる場所。サメの背中に似た形の岩礁も残っている。遠くには隠岐の島も臨める。
白兎神社(はくとじんじゃ)と御身洗池(みたらしいけ)

因幡の白兎を祀った神社。皮膚病や火傷に効く神社として信仰される。白ウサギが傷口を洗い、治療をしたとされる「御身洗池」は季節を問わず水位が一定のため、不減不増の池とも言われている。
八十神とスサノオからの試練
1. 八十神の復讐
ヤガミヒメとオオクニヌシはめでたく夫婦となりました。
しかし、オオクニヌシに嫉妬した八十神たちの嫌がらせがエスカレートしていきました。
「おい、オオクニヌシ。この山に赤いイノシシが住んでいるから捕まえよう。俺たちが追いかけるから、お前はそれを捕まえてくれ」
と命令をすると、大きな石を火で焼いて、山の上から転がしました。
これをイノシシと勘違いし、捕まえようとしたオオクニヌシは、真っ黒に焦げて死んでしまいました。
この知らせを聞いたオオクニヌシの母は、天界にいる神にお願いをして、オオクニヌシを生き返らせてもらいました。
オオクニヌシが生き返った噂を聞いた八十神たちは、再び嫌がらせを計画しました。
今度は、大きな木を半分に割き、その割れ目にオオクニヌシを挟むという罠を仕掛け、これによってオオクニヌシは死んでしまいました。
オオクニヌシの母は、再び天界の神にお願いして、オオクニヌシを生き返らせてもらいました。
2. 八十神から逃げて、黄泉の国へ
「オオクニヌシよ、葦原中国に戻れば、再び八十神に殺されてしまいます。ここから逃げなさい。あなたの先祖にスサノオがいます。スサノオは、現在黄泉の国で暮らしています。そちらを訪ねなさい」
母の忠告に従い、オオクニヌシは黄泉の国へと向かいました。
黄泉の国のスサノオの宮殿にたどり着くと、そこでは、スサノオとスサノオの子孫のスセリヒメという美しい女性が一緒に暮らしていました。
スサノオは、オオクニヌシに、「今夜はこの部屋で寝ろ」と部屋に案内しました。
そのときスセリヒメがやってきて、そっと白い布を手渡してくれました。
「この部屋には、蛇が住んでいます。もしも夜に蛇が出たら、この布をふってください」
その晩、眠りについたオオクニヌシは部屋のあちらこちらで蛇が出たことに気がつき、目を覚ましました。そして、スセリヒメから手渡された白い布をふると、蛇はいなくなりました。
次の日、オオクニヌシはスサノオから「今度はこの部屋で寝ろ」と別の部屋に案内されました。
スセリヒメがやってきて、今度は青い布を渡してくれました。
「この部屋にはムカデと蜂が出ます。もしものときは、この布をふってください。」
その晩、眠りにつくと、ムカデと蜂が襲ってきました。今度は青い布をふると、ムカデも蜂もいなくなりました。
スサノオからのこのような試練がしばらく続きました。その度に、オオクニヌシは、スセリヒメの助けもありながらもなんとか乗り越えていくことができました。
3. 火に囲まれて絶体絶命!助けてくれたのは…
あるとき、スサノオは野原に向かって一本の矢を射ると、オオクニヌシに取ってくるように命じました。野原に入って、矢を探していると、オオクニヌシの周りは突然炎に包まれ、身動きが取れなくなってしまいました。なんとスサノオがオオクニヌシの周りを囲むように火を放ったのです。
すると、ネズミがやってきて「この地面の下に穴があるよ。入り口は狭いけど大丈夫。さあ、早く中にもぐって」と案内してくれました。
オオクニヌシが地面を強く踏み込むと、中に潜ることができました。しかもネズミはスサノオが放った矢も探して、手渡してくれました。
「ネズミさん、ありがとう」
お礼を言って、スサノオのところに戻ると、「なかなかやるじゃないか。今度は俺の頭のシラミを取ってくれ」と、床にごろりと横になりました。
オオクニヌシがスサノオの髪をかき分けると、そこにはなんと大量のムカデがいました。
驚いたオオクニヌシを見て、スセリヒメが「これを使って」と木の実と赤土を手渡してくれました。
「この木の実をかじって、それから赤土を口に含んで、吐き出すの。やってみて」
言われた通りにすると、スサノオはすっかり満足して、
「なかなかうまいじゃないか。しっかりとムカデを食いつぶしてくれているな」と安心し、そのまま大きないびきをかいて寝てしまいました。
4. 嫁と宝物を手に入れて、黄泉の国から脱出する

オオクニヌシは、スセリヒメを連れて今すぐこの場から逃げようと考えました。
そしてスサノオの髪の毛を、大広間の太い柱にしっかりと結びつけると、スセリヒメを背負い、またスサノオの刀と弓矢、それから天のお告げが鳴り響くと言われる琴を持って逃げました。
しかし、途中でスセリヒメが琴を落としてしまい、天にも響く勢いで音色が鳴り響いたため、スサノオが目を覚ましてしまいました。
「おのれ、よくもやったな」とスサノオは、柱に結ばれた自らの髪の毛をふりほどき、一目散に追いかけ、黄泉比良坂(よもつひらさか)を駆け降りてきました。
しかしスサノオは、途中で追いかけるのをやめ、はるか先の地上の国を見渡しました。そこには、スセリヒメを背負ったオオクニヌシが豆粒ほどに小さく、逃げていくのが見えました。
スサノオは、オオクニヌシに向かって大声で叫びました。
「オオクニヌシ。お前が持っていったその刀と弓矢を使って、八十神たちを追い払え。そして、出雲の国をおさめろ。最後に、根の国に届くくらいの太い柱を使い、天にも届くほどの高い屋根を作り、出雲に大きな社を建ててみろ。スセリヒメとずっと幸せに暮らせ。俺よりも、もっと幸せになれ」
オオクニヌシとスセリヒメは、思いがけずスサノオの声援を受けながら黄泉の国を抜け出しました。
そして地上の国に戻ると、八十神たちを追い払い、出雲の国をおさめ、幸せに暮らしていったのでした。
八十神とスサノオからの試練の物語の読み取りポイント
オオクニヌシが主人公となったこの章では、物語が大きく動き出していきます。
話の途中で、オオクニヌシが二度殺され、二度の復活を遂げる場面がありました。これはある種の通過儀礼(イニシエーション)を意味していると考えられています。つまり、支配者は時として大きな試練を与えられ、それを乗り越えて成長していくものであるという過程を描いているのです。実際にスサノオは、スセリヒメの助けを借りながらも試練を乗り越えていくオオクニヌシを認め、「お前なら国を治めることができるだろう」と引導を渡しています。
また、この物語では、かつて暴れん坊で手のつけられなかったスサノオの心の成長を感じることができます。かつて圧倒的な力でヤマタノオロチを退治した血気盛んな英雄スサノオですが、自慢の武器と娘を同時に奪われ、余生を黄泉の国でひっそりと暮らしていくことになります。
オオクニヌシに向かって、俺よりも幸せになれと声を掛けるシーンでは、新しい時代の幕開けを信じ、次世代に希望を託していく潔さ、思い切りの良さを表現しているとも見ることができるのです。
今回はスサノオの子孫オオクニヌシについての物語でした。因幡の白兎からはまれびと信仰の考え方や、また試練を乗り越えていくオオクニヌシの成長の様子も読み取れるお話でした。次回はいよいよ連載の最終回となります。オオクニヌシが築き上げた出雲の国に、高天原からアマテラスの使いがやってきます。まさに古事記のクライマックスとも言える「天孫降臨」について詳しくお届けします。最終回も、どうぞお楽しみ下さい。
<参考文献>
- 日本の神話①天岩戸 西野綾子 ひくまの出版
- 日本の神話②ヤマタノオロチ 西野綾子 ひくまの出版
- 日本の神話③イナバの白ウサギ 西野綾子 ひくまの出版
- 日本の神話④地のそこの国 西野綾子 ひくまの出版
- 日本の神話⑦コノハナサクヤヒメ 西野綾子 ひくまの出版
- 日本の神話⑩ヤマトタケル 西野綾子 ひくまの出版
- 図解いちばんやさしい古事記の本 沢辺有司 彩図社
- 面白いほどよくわかる古事記 かみゆ歴史編集部 西東社
- 日本の神話 与田凖一 講談社青い鳥文庫
- 日本の神話 松谷みよ子 のら書店
- 日本の神様 絵図鑑 2 みぢかにいる神様 ミネルヴァ書房
- 日本の神様 絵図鑑 3 暮らしを守る神様 ミネルヴァ書房
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