国の登録有形文化財銭湯と百年の歴史を持つ長屋で築き上げた新生「滝野川稲荷湯」

2022年6月25日、東京都北区滝野川の路地にある建物に、朝から大勢の人が出入りする姿がありました。その建物は百年の歴史を持ち、改修を終えたばかりの木造長屋。その隣には大きく目を引く建築物、銭湯「稲荷湯(いなりゆ)」があります。この長屋は、昔、稲荷湯の従業員の住居として使われてきましたが、その後は倉庫となりあまり使われない状況だったといいます。しかしこの日、そんな長屋が再生の日を迎えたのです!

すべての始まりは「銭湯」

写真提供:SENTOTOMACHI

日本の銭湯は、家庭に風呂場がなかった時代に、老若男女が毎日必ず訪れていた場所です。銭湯では一日の汗や疲れなどを流しつつ、近所の人とも楽しく話し合うことができます。

しかし、家庭内の浴室保有率の増加にしたがい、人々が銭湯へ行く理由も少なくなりました。そうして銭湯繁栄の時代が過ぎ去りましたが、実際に街から銭湯が消滅するスピードは想像より速いものでした。利用客の減少だけではなく、経営者の高齢化、跡継ぎの不在や経営コストの高騰などもその一因となりました。日本全国の中で銭湯の軒数が最も多いのは東京都ですが、2022年7月の統計によると、そんな東京都の銭湯も、500軒以下まで減っています。

写真提供:SENTOTOMACHI

一方、ここ数年、映画やドラマ、芸術作品のおかげで、日本では、銭湯ブームが巻き起こっています。その影響で、銭湯文化の保存に尽力している若い世代も増え続けています。その一つの例が、「一般社団法人せんとうとまち」です。

若い建築家と古い銭湯との出会い

写真提供:SENTOTOMACHI

「一般社団法人せんとうとまち」(以下「せんとうとまち」)の「せんとうとまち」は、文字通り「銭湯」と「まち」という意味であり、この組織の理念でもあります。2020年に創立して以来、銭湯文化の保存に取り組みつつ、銭湯と周辺の街の生活文化とのつながりを守り深めることに努力しています。今回紹介する「稲荷湯」は、彼らの一つの成果です。

2018年、せんとうとまちの栗生はるか代表理事は、縁があり「稲荷湯」の取材を行いました。銭湯文化を深く愛する栗生さんは、その取材をきっかけとして店主と議論しながら、建築家として稲荷湯建築調査計画を立ち上げ、稲荷湯との間の深い絆を築くことになりました。

一般社団法人せんとうとまちのメンバーたち。真ん中の女性は代表理事の「栗生はるか」。写真提供:SENTOTOMACHI

栗生さんは、仲間とともに9ヶ月もの期間をかけて、90年以上の歴史を持つこの建物を実測・調査し、その価値と貴重性を明らかにしました。その後、店主と共に稲荷湯の関連資料を整理し、文化庁に登録有形文化財への登録を申請。結果、台東区上野・御徒町区の「燕湯」に続き、東京都で2軒目の「国登録有形文化財」銭湯となりました。

その後「稲荷湯修復再生プロジェクト」は、米国「ワールド・モニュメント財団(WORLD MONUMENTS FUND)」の2020年ウォッチ・リストにも選定され、同財団の助成支援をもとに、稲荷湯の隣にある長屋の修復にも着手することとなったのです。

「稲荷湯修復再生プロジェクト」始動!

写真提供:SENTOTOMACHI

「一般社団法人せんとうとまち」のメンバーは、建築関係者だけではなく、銭湯を愛する「銭湯マニア」でもあります。そのためか、誰にも負けない熱意を込めて、自らの専門で銭湯の再建に尽力しています。

プロジェクトの内容には、稲荷湯の本体内部の修復工事のほかに、外観修復や耐震補強工事なども含まれています。そして、隣接した長屋の改修工事も一大ポイント。近隣の別の土地から移築された百年以上の歴史を持つこの長屋は、稲荷湯の建築よりも古いものだといいます。そんな老朽化が進んだ長屋は、せんとうとまちのプロジェクトを通して、新しいコミュニティを生み出す空間へと改修されました。そのおかげで、銭湯の重要な機能である地元住民の交流の場が、銭湯本体だけでなく、この長屋まで広がってきています。

写真提供:SENTOTOMACHI

工事では、大量の廃材を処分し、腐食した床材や傷んだ土壁を取り外し、長屋の主要な構造材を残す半解体工事を行った後、伝統工法を熟知する職人の方々が長い時間をかけて、土壁、木造建具、ガラスなどを仕上げていきました。

写真提供:Yuka Ikenoya(YUKAI)

このように、約2年の歳月を経て、長屋の修復工事が無事終わり、2022年6月25日の新生「稲荷湯長屋」がお披露目会の日を迎えたのです。当日は、関係者だけではなく、銭湯を愛するまちの人々も大勢お披露目会に参加し、浴室では稲荷湯と長屋の再生を祝った乾杯が行われました。

写真提供:TADA


銭湯文化保存プロジェクトはこれからも!

写真提供:Yuka Ikenoya(YUKAI)

稲荷湯長屋の開幕によって、「稲荷湯修復再生プロジェクト」も一段落となりましたが、「せんとうとまち」の仕事はこれで終わりではありません。オープンしたばかりということもあり、長屋の運営方針は色々と模索中。6、7月はプレオープン期間として週末限定で喫茶スペースとなりましたが、8月以降の運営方法も色々試していくそうです。長屋にふさわしい使われ方が定着するまで、もう少し時間がかかるかもしれません。しかしそれがどのような使われ方であれ、銭湯稲荷湯と長屋の再生は、確実に、銭湯文化の保存に新しい道を切り開いたと言えるでしょう。

施設情報

  • 名称:滝野川稲荷湯
  • 住所:東京都北区滝野川6-27-14
  • アクセス:都営三田線「西巣鴨駅」、JR埼京線「板橋駅」から徒歩約6分
  • 営業時間:15:00〜24:30
  • 定休日:水曜日
  • 入浴料:500円(12歳以上)、200円(6歳以上12歳未満)、100円(6歳未満)

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